シンフォニアとは?
シンフォニアの意味は?音楽・楽譜関連の用語辞典です。音楽用語辞典【シンフォニアとは?】
シンフォニアとは?
シンフォニア・ダ・レクイエム
シンフォニア・ダ・レクイエム(イタリア語:”Sinfonia da Requiem”)作品20は、1940年に26歳のベンジャミン・ブリテンが作曲した交響曲。かつては鎮魂交響曲(ちんこんこうきょうきょく)の訳題が用いられていた。管弦楽のための作品で、声楽が入っているわけではない。
通説では「日本政府の依嘱により、皇紀2600年奉祝曲として作曲されたが、宗教的な理由や、皇室に対する非難を含むものと見なされたために、日本政府より却下された」とされている。大筋ではその通説は当たっているが、実際にはブリテンの個人事情などが複雑に絡み合っている。
第二次世界大戦が勃発した1939年、ブリテンは個人的な事情により盟友ピーター・ピアーズとともにアメリカ合衆国 アメリカに引っ越す。その直後の同年9月3日、イギリスがドイツに宣戦布告し、かねてから兵役拒否者だったブリテンは帰る場所を失ってしまった。次第に生活費に困るようになり、またアメリカが好戦的になっていく姿にブリテンは絶望するようになった。そんな際、知人の出版業者ラルフ・ホークスらが、『日本が皇紀2600年奉祝曲の作品を各国作曲家に委嘱している』という話を持ちかけ、金銭に乏しかったブリテンはその委嘱に乗ることとなった。
【引用元サイト名】Wikipedia
【引用元URL】http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%8B%E3%82%A2
シンフォニア・タプカーラ
シンフォニア・タプカーラ(タプカーラ交響曲とも)は、伊福部昭が作曲した唯一の交響曲。1954年に初稿が完成し、その後1979年に改訂された。友人の三浦淳史に献呈されている。全3楽章。タプカーラとはアイヌ語で「(自発的に)立って踊る」という意味で、伊福部が幼少時を過ごした北海道の大地に思いを馳せて作曲した作品である。
伊福部が東京音楽学校の講師を辞して、大著『管絃楽法』の執筆を行っていた頃に書かれた作品である。指揮者ファビエン・セヴィツキー(セルゲイ・クーセヴィツキーの甥)との文通がきっかけで、1955年1月26日にセヴィツキー指揮のインディアナポリス交響楽団によってインディアナポリスで初演された。この初演の録音テープが伊福部の元に送られたが、その演奏について伊福部は後に「演奏指導もせず、ただ楽譜を送るだけだとこうなるのか、と勉強になった」と語った。またこの録音には第1楽章が終わった直後に観客の拍手が入っており、セヴィツキーもそれを詫びている。
【引用元サイト名】Wikipedia
【引用元URL】http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%8B%E3%82%A2
シンフォニア岩国
シンフォニア岩国(シンフォニアいわくに)は、山口県岩国市にある複合文化施設。
1996年(平成8年)6月30日開館。正式名称は『山口県民文化ホールいわくに』(やまぐちけんみんぶんかホールいわくに)であるが、一般への案内はすべて『シンフォニア岩国』でされている。
本格的なコンサートホール、多目的ホール、会議室などを備えており、岩国地域の文化の拠点となっている。建物は、県庁の出先機関である山口県岩国総合庁舎との合築構造となっている。
開設以来、山口県が出資する県文化振興事業団が管理運営してきたが、2006年4月から指定管理者制度を導入。サントリーの子会社であるサントリーパブリシティサービス(サントリーホールなどのサービス部門運営)が指定管理者として運営管理している。
【引用元サイト名】Wikipedia
【引用元URL】http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%8B%E3%82%A2
「シンフォニア」以外の用語
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