三国志・水滸伝に続きまして、
お次に読んだ中国ストーリーは・・・
■項羽と劉邦|司馬遼太郎
「項羽と劉邦(こううとりゅうほう)」でございます!出たー!
なんと上・中・下の全3巻となっております!いやぁ、長い戦いだったぜ・・・ハァハァ
しかも漢字が読めんわ、意味わからんわで、いつもよりも時間がかかりました。
ん?本の厚さがどのくらいかって?
そうだね、例えるなら6枚切り食パン3枚分ってとこかな。
え?まだわからないのかぃ?
まったく世話が焼けるぜ、じゃあこれならどうだぃ??
おなじみの趙雲(ちょううん)と比較してみたよ!
これはすっごくわかりやすいよね!よねよね!!YONEX!!
趙雲は岩の上に乗ってちょっとズルしてるけど、だいたいこれくらいの厚さだよ!!
趙雲:「こんな分厚い本を読破するとは・・・さすがなる殿です。」
水滸伝は架空のお話しでしたが、「項羽と劉邦」は史実に基づいた物語となっております。
時代的には三国志よりももっと古い話で(紀元前)、楚(そ)の項羽と漢の劉邦が天下を争いまして、劉邦が勝って「漢」の国を作るわけでございます。その後、漢が衰退して三国志の戦乱の時代に入っていきます。
キッズのみんな、わかったかな?
いやー、これは面白かったですね。
僕はこの本を読むまでは項羽も劉邦も傑出した英雄なんだろうなぁ~と勝手に思っていたのですが、結構普通の人間っぽいんですよね。
特に、結果として勝利する劉邦はひどいです。武が優れているわけでもなく、賢いわけでもない、じゃあ人徳があるのかと思ったらそれもない・・・
唯一あるのは「愛嬌」です。
たまにいますよね、「ほっとけないヤツ」とか「なんかしてあげたくなるヤツ」、劉邦はこういうタイプだったんです、そこに有能な人材が集まってきたと。んで、誰もが「しょうがねーなー」とか言いながら劉邦の為に尽力するのです。
あと、劉邦は自分自身の無能さを自覚していたので、ちゃんと自分の非も認めるし、人の話も良く聞き入れました。この辺りが項羽との最大の違いと僕は思いました。
部下が「こんなんどうでしょう?」と進言すると、「いいねー、それやろーよ!」と採用してくれるのです。こうなると部下のモチベーションも上がりますよね。
一方の項羽は武勇に優れていて、百戦錬磨、向かうところ敵なし。僕の中のイメージはラオウです。
ただ、今で言うところのツンデレで、ツンとデレの差がハンパないのです。気に入らないヤツがいると、周りもまとめて生き埋めとかにしちゃうんです、コエー。そりゃ民心も離れるわ。
また、「四面楚歌(しめんそか)」や「背水の陣」などの語源も登場します(この辺がおもろいよね、中国ストーリーは)。
「四面楚歌」は「周りが敵ばかりでどうしようもないやーん」って意味の四字熟語ですが、
僕はこの本を読むまで、劉邦が周り(四面)を楚軍に囲まれて「どうしたらええんや!」って時を指す言葉だと思っていたのですが、
実際は逆で、
楚の項羽が漢軍に囲まれて孤立したときに、漢軍の中から楚の歌(項羽の故郷の歌)が聴こえてくるのです。
この歌を聴いた項羽が「敵の中に楚の人間がこんなにもいるのか・・・」と絶望した状態を指しているそうです。項羽はこの時「楚は漢に占領されてしまった・・・」と自分の最期を自覚するのでした(´□`。)チョットセツナイゼー
最後に劉邦の面白エピソードを一つ。
楚軍に追われて馬車で逃げる劉邦。部下が馬を操り、劉邦とその子供二人が馬車に乗っています。
「このままでは追いつかれてしまう・・・」、焦る劉邦。絶体絶命!もっと馬を速く走らせるためには・・・
劉邦:「そうだ!馬車を軽くしよう!!」
名案を思いついた劉邦はなんと・・・子供を馬車の外に放り投げたのです!!
それを見た部下が慌てて子供を馬車に連れ戻すと、また劉邦が放り投げ、また連れ戻しというシーンがありました(笑)。
ドリフかっちゅーの!
この時代は親が一番偉いみたいな考え方があったらしく、このような行動も許されたらしいっす・・・
どう思います?趙雲さん?
趙雲:「考えられへん・・・」